2014年3月26日水曜日

為替の大福餅 ドル円の過去を散策 その1 ≪通貨ドルの崩壊≫

「通貨ドルの崩壊」


第二次世界大戦後の世界経済を支配した米国は、1960年~1975年までの15年の長きに渡り続いたベトナム戦争で、約58,000人が戦死し、約1,700機の航空機を失い、総額3,520億ドル相当の巨額な戦費を消耗したのでした。

この間、米国の金準備額は約2万トンから約8,500トンまで激減したことで、1946年の金本位体制で、調整可能な固定為替相場制度を採用した「ブレトン・ウッズ体制」から続いたドルと金の兌換に赤信号が燈ったのでした。

ヨーロッパ各国は米経済の破綻を先読みし、196711月には英国が自国通貨のポンド14.3%切り上げ、19698月にはフランスが、フランス・フランを11.1%、10月にドイツマルクが9.3%切り上げ、ドルから金に外貨準備のシフトを開始し、予防措置を取ったのでした。しかし、日本だけは輸出主導の経済政策を優先させることのみ配慮し、動く気配も見せず、1ドル=360円の固定為替制度を頑なに守り通したのでした。

1971815(昭和40)、ニクソン米大統領は、突然ドルと金の兌換停止を宣言しました。これは一般的に「ニクソン・ショック」と呼ばれ、ブレトン・ウッズ体制が終焉を意味します。これが結果的に、ドルの海外への流通を加速させ、「災い講じて福となす」の例え通り、戦後の世界経済の復興に重要な役割を担うことになったのですが、他方で米国の国際収支は極端に悪化し、ドル余剰に世界的なドル価値の低下がここからスタートしたのでした。

止せばいいのに、世界市場に先駆けて取引が始まる東京市場は、世界の主要国で市場閉鎖が予想される中、日本の通貨当局が取引を開始させ、世界中からのドル売り注文が殺到したのでした。日本政府主導の下で、816日~27日の2週間の間に渡り、1970年の外貨準備高は約32億ドルで、その約34%に相当する11億ドル(約3,960億円の巨額なドル買い介入を短期間で実施し、1ドル=360円を必死に守ろうと努力したのです。

20142月末時点の日本の外貨準備高は約1.29兆ドルですから、計算上34%は約3,794億ドル=現在の規模に言い換えれば約38.7兆円に相当し、膨大なドル買い/円売り介入であったことが想像できます。ちなみに最近の大規模介入は2011年の1031日の8.722兆円のドル買い・円売り介入で、ドル円は75円台から79円台まで上昇し、1031日~114日で計約9.09兆円の介入を実施しています。


その後3ヶ月間で30億ドルのドル買い介入が継続され、1ドル=360円を死守するためのドル買い介入の合計金額は70億ドルに達したといわれ、外貨準備は約146億ドルへと大幅に膨らんだのでしたが、19718月末には、ドル円は339.85円まで下落、9月末には335.35円まで下落、10月末には329.50円まで下落と、円高は止むことはありませんでした。

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