「スミソニアン合意と変動相場制度への移行」
日本政府の必至のドル買い介入にもかかわらず、1971年12月に米国ワシントンDCのスミソニアン博物館で開催された、「スミソニアン合意」と呼ばれる多角的通貨調整の合意により、ドル円の変動幅の下限が360円→308円の円高方向へ切り上げられ、変動幅は301.70円~314.93円で維持することが決まりました。
当時の日本の状況は少し前の中国と似ており、1960年代の平均経済成長率は、米国=3%、欧州主要国=4~6%、日本=10%の成長を続け、ドル円は下限の308円近くの円高が続いたのでした。
イタリアが二重相場制度に移行したことを引き金に、通貨危機が再発し、ドルは10%再切り下げを実施、1973年2月には日本を含め先進国は変動相場制度に切り替へることを決め、翌3月にはドル円は254.45円まで下落、この間のドル買い介入は、膨大な損失となって跳ね返ってきたのでした。
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