「円高阻止の日米協調介入」
日米の協調介入は、ドル円の為替レートが180円、160円台と急速な円高になり、本邦輸出企業の採算が悪化し、円高不況の懸念が現実化しつつあったことが背景にありました。日米の通貨当局はドル円でドル買い強調介入を実施したのですが、ドル円は一時150円の大台を割り込み下落し、成果は乏しく円高を止めることはできませんでした。
日本銀行のドル買い介入金額は、「日米協調介入」と「ルーブル合意」を合わせ推定で、1986年~87年1月の間で合計4.3兆円=約258億ドルと見られ、1986年1月から87年2月までで公定歩合を4.5%から2.5%まで計5回引き下げ引き下、さらには円高対策として6兆円の緊急経済対策を実施したのでした。
この、超低金利・超積極財政支出が、かの有名な日本のバブルを引き起こし、さらには歴史的なバブル崩壊へのスタートとなったのです。
私の独断と偏見で言わせていただければ、この「日米協調介入」により、日本の外貨準備高が膨張し、米財務省証券の購入に振り向けられた結果、米国の金利は安定したと言っても過言ではないと思います。後の、ドル円の為替レートの急落により資産価値が低下したにもかかわらず、塩漬けされ売却することのできないドルの外貨準備は、長期間保有されていたと推測されます。
かつて、橋本首相が「米国債の売却をしたいとの思惑に駆られる」と発言し、米国債の暴落を招き、米国の逆鱗に触れたことはあまりにも有名です。事実確認はもちろんありませんが、米国政府から日本政府に何らかのプレッシャーを受けたことは否定できず、後に、米国債売却を公の場で口にする政治家の発言は記憶にありません。
民間企業でも、国策とも思われる積極的な外債投資政策により、本邦機関投資家が米国債への投資を拡大させ、外国企業の買収や、海外不動産投資を拡大させ、事実上はドル円の買いポジションを膨らませたことになります。後の、米財務省のドル安政策による円高で、その資産価値が半減し、本邦機関投資家の凋落の一因となったこと推測することができます。そして、これらの動きを歴史的事実として受け止めておく必要があります。
ドル安の影響は、日米2国間だけに留まらず、世界の主要国でもドル安が加速したのですが、大幅な為替レート調整にもかかわらず、主要先進国間の不均衡是正は緩慢で、しだいにドル安一辺倒の為替レートのみによる不均衡調整に対して疑問が生じるようになってきました。
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